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高知家庭裁判所 昭和41年(少ハ)7号 決定 1966年12月02日

本人 M・Y(昭一九・九・二二生)

主文

本件申請を却下する。

理由

一  京都医療少年院長の収容継続申請の趣旨及び理由の要旨

少年は、昭和三八年七月四日高知家庭裁判所において医療少年院送致の決定を受け、同月一〇日当京都医療少年院に入院したものである。その後、昭和三九年九月二一日をもつて満二〇歳に達したので、同年一〇月三〇日同裁判所の昭和四〇年一〇月二九日まで収容継続することができる旨、さらに、昭和四〇年一一月二日同裁判所の昭和四一年一一月一日まで再度の収容継続をなしうる旨の各決定にもとづき、現在まで引続き収容中である。しかして、少年は、痴愚級精神薄弱者で独立の社会生活は到底困難であり、保護者(父、「母は死亡」)も知能低く、高血圧、リウマチ症のため殆んど就労できないことから保護者自身がその兄(当六〇年)や甥の保護を受けている状態であつて、家庭に受入態勢がなく、親せき等も少年の受入を拒否していること、かつ、当院において照会、依頼をなした結果によつても、少年を収容する適当な精薄者の施設もないことから、止むを得ず再々度の収容継続申請をする。というのである。

なお、付言として

当少年院としては、三回目の収容継続は例をみず、いささか疑問を持つものであるが、これは、ひとえに我国における福祉行政の貧困欠陥(精薄者収容施設の増設等に関する)に由来するものというべきである。

少年院としては、これ以上の措置は取り得る方法もなく、この少年の場合、行刑行政の一端である少年院が福祉行政の肩代り的存在として利用(入院後三年三ヶ月を経過し、矯正教育の限界をはるかに越えている)されている感なきにしもあらず、といいたい。少年の側からみると受入施設のないことの理由のもと、長期間にわたり拘禁施設に置かれることは法の悪用とも愚考されるが、上記の諸事情よりみて収容継続申請をせざるを得ないので一応あえて申請するものである。と述べている。

二  当裁判所の判断

当家庭裁判所調査官作成の調査報告書、本件審判における被申請人、京都医療少年院長、同院教官の各供述、申請書添付の高知保護観察所長作成の環境追報告書、土佐市福祉事務所長作成の回答書の各写し等を綜合すると、

(一)  被申請人は痴愚級の精神薄弱で、小学校も一年一学期だけしか行かず、窃盗非行により昭和三八年七月四日当裁判所において医療少年院送致決定を受けた者で、京都医療少年院入院当初は、基本的な生活習慣も身についておらず、教官の指示にも従わず、他院生との折合いも悪く、粗暴な振舞いがみられ、そのうえ極度の夜尿症で、意志不定で即行的衝動的に出る傾向を有していたが、昭和三九年一〇月三〇日当裁判所の収容継続決定以後は事故らしい事故もなく、院内生活に適応し、基本的生活態度も身につき、身辺の整理、夜尿の後仕末等日常生活も自分で処理できるようになり、単純作業も可能となり、夜尿症も投薬によりひん度が少なくなる等漸次社会的適応性を得てきたが、後記のとおり受入態勢の不良により、やむを得ず昭和四〇年一一月一日再度の収容継続決定が為されたものである。

(二)  しかしその後も全く事故もなく、社会規範に対する基礎的自覚も生じ、七、八名の室長として同室内の少年をある程度統卒し、その世話をみる迄に向上し、他院生に対する接触も良好で、教官の指導にもよく従い、ひらがな、簡単な漢字を覚え、毎日日記をつけ、夜尿症も全快こそしないが著るしく少なくなる等社会適応能力を一段と身につけ、被申請人の能力からみると、院内生活において現段階以上の向上を希むことは無理であるとすら考えられる程に成長を遂げ、少年院の熱意ある監督指導によりその矯正の目的は達せられたと認められる。

(三)  他方被申請人の家庭環境は父母(母は昭和三七年一〇月七日交通事故により死亡)共に低知、精神薄弱で、妹二人もすべて精薄児で高知県内かがみの育成園および清生園に各入院中という一家全員精神薄弱家庭であり、父は小屋同然の家に居住し、生活扶助を受け、社会適応能力はなく、貧困病身で保護能力は全く認められず、被申請人に対する関心もなく、父自身がその実兄M・S夫婦の世話により辛うじて生活している状態である。父の兄M・Sは漁船をもつて一応生活は安定していて被申請人の父の面倒をみ、保護能力は一応認められる。しかしながら同人自身も昭和三九年頃より昭和四〇年八月にかけて変調を来し○辺病院神経科に入院していたこともあり、被申請人の父の世話だけでも可成り心労が多いため、このうえ被申請人を引取れないと、その引取りについて拒否的であり、他の親族も被申請人の引取りを拒否している状態である。

(四)  また、高知県内唯一の社会施設であるかがみの育成園は定員上の理由および被申請人の非行歴を理由として被申請人の収容に応じず、また少年院として京都、奈良方面の受入施設に迄極力働きかけたが、いずれも定員上の理由等によりその受入れの可能性が認められない。

そこで被申請人の処遇につき考えるに、被申請人は痴愚級精薄であり、現在院内生活に適応し可成りの社会適応能力を身につけたとはいえ、直ちに上記の如き受入態勢下に戻すより、できれば開放の精薄施設における処遇を経ることが希ましいことであるが、初めの収容継続決定以来、少年院、土佐市福祉事務所、高知保護観察所および当裁判所等が今日迄屡々被申請人の帰住先について環境調整等の努力を払つてきたのに拘らず、施設受入については全く可能性がなく、社会福祉行政の貧困を痛感させられるのである。

しかしながら再度再々度の収容継続を認めるとしても、本人の資質、性格、環境等からみて再非行のおそれが極めて濃厚であり、真にやむを得ない場合に限られると解すべきであり、被申請人の現在の心身の状況は、被申請人としては、収容施設内における最高の段階に達しているのではないかと考えられる程向上しており、再非行のおそれは殆んどなく、このうえ収容を継続すればむしろ本人の更生意欲を阻害する可能性もあり、また受入態勢が好転する見込みもない状態であるから、劣悪な環境は今後土佐福祉事務所の協力のもとに、この際被申請人をつれ帰つたうえで、環境調整を計るべきであると考えられる。

よつて本件申請を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉田訓康)

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